客家と門の歴史

門のルーツは、客家(はっか)と呼ばれる華僑たちが活用してきた、古代中国から継承された知恵にある。門学では、そう伝えられています。

最初に、ひとつだけ断っておきます。

由来については、断定しません

門の由来について、「中国◯千年の歴史」「皇帝の命により体系化された」といった説明を見かけることがあります。

僕は、それを証明する資料を持っていません。

何千年前に成立したのか、誰が体系化したのか。門が客家の門外不出の秘伝であったのかどうか。そのどれも、断定できるだけの裏づけを、僕は示すことができません。

ですから、このページに書くことは「そう伝えられている」という形でお読みください。

そして、門学を判断する材料は、由来ではないと僕は考えています。当たるかどうか、使えるかどうか。それだけです。由来が立派だから正しい、ということにはなりません。

そのうえで、伝えられている来歴を書きます。

客家とは、どういう人たちか

客家の人たちは、古代中国から続く王族の末裔だと伝えられています。時代の波に翻弄されて、国を追われてきた、という歴史があります。

逃げ出したあとは、福建省を中心に暮らしました。

門は、この客家と呼ばれる漢民族の中で、福建省、台湾、香港を中心とした人たちに受け継がれてきたとされています。

なぜ、中国だったのか

人の統計を取って分析するという営みは、客家だけのものではありません。ユダヤやインドをはじめ、いろいろなところに伝わっていました。

それでも、一番完全な状態で残ったのが中国です。

理由は、はっきりしています。この頃、文字文化を持っていたのが、世界を見渡しても中国だけだったからです。

文字が操れると、記録することが可能になります。記録できれば、統計に基づいて人を分析することができます。口伝えだけでは、細かい分類は残りません。

門が今の形で残っているのは、まず文字があったからです。

逃げ場のない家で、互いを見ていた

客家の人たちは、ドーム状の家に住んでいました。

限られたスペースの、逃げ場のない環境です。そこで生活していた彼らは、お互いを監視しあい、お互いにいろいろな統計を取っていたのだろうと考えられます。

門の細かさは、おそらくこの環境から来ています。

逃げられない場所で、長い時間、同じ人たちを見続ける。誰がどういう場面で力を出し、誰がどういう場面で潰れるのか。それを世代をまたいで蓄積していけば、人の型は見えてきます。

文化大革命と、二度目の離散

その後、中国では文化大革命や、国内による虐殺が歴史上たくさん起こりました。

そのとき、福建省出身の客家の人たちは、台湾、香港、シンガポール、マレーシアなど周辺国へ逃げました。

門の情報が今でも生き残っているのは、そのおかげです。

中国本土には、門のほかにも素晴らしい教えがたくさんありました。しかし、文化大革命によって、そのほとんどが抹消されています。

門は、中国本土よりも、福建語を使う人たちから広東語を使う人たちのところで残りました。

土地を持てなかったから、口伝で継いだ

逃げるためにあちこちに移住した客家の人たちは、土地の所有が困難でした。

だから、形ある金品やものとしての財産よりも、口伝えによる、目に見えない文化で、自分たちの英知の継承を重んじてきました。

ここは、門という教えの性格を決めた重要な部分だと思います。

奪われるものに価値を置かず、奪われないものに価値を置く。土地も財産も没収されうるが、頭の中にあるものは持ち出せる。移民として生きるしかなかった人たちが選んだ、現実的な結論です。

戦争の英知から、経済の英知へ

客家は、主に経済活動をしていたことで、伝統的な中国人の階級や、ほかの人から攻撃を受けることが多かったといいます。反乱や革命のときには、その英知を使っていました。

昔は戦いの世界でした。それが今、経済活動に変化しています。

英知は戦争主流から、現在は経済中心へ。時代の流れとともに進化を遂げて、今日では金融、商業、流通など、経済活動の中で活躍されるものへと変わりました。

門が「当てる」ことより「使う」ことに寄っているのは、この経緯があるからです。

客家の系譜にある人たち

客家の出身として知られている人たちがいます。

・リー・クアンユー(シンガポール初代首相)

・孫文(中国国民党)

・鄧小平(中国共産党)

・李登輝(台湾)

・タクシン(タイ首相を務めた)

・胡文虎(タイガーバーム=萬金油で東南アジアに財閥を築いた実業家)

また、香港やシンガポールで上場している会社の創業者に、客家出身者が非常に多いのも特徴です。

日本にも客家の方々はたくさんいます。中華街などには客家出身の方が多く暮らしていて、日本で活躍している人のほとんどは福建省出身です。大富豪の方々もたくさんいます。

全員が使っていたわけではない

ひとつ、誤解のないように書いておきます。

客家の人が全員、門を使っていたわけではありません。

門は帝王学です。上に上り詰めた者たちが、密かに活用したものでした。今でも一部の人たちが使っているだけで、上位数%の人たちだけが門を使いこなしている、という位置づけです。

だから門は、広く知られてはいません。知られていないことは、正しさの証明にも、怪しさの証明にもなりません。単に、広める性格の教えではなかった、というだけのことです。

そして、今も研究が続いている

門は、過去の統計学に囚われたまま止まってはいません。

現在、そして未来の研究を、経済という視点から続けています。

戦国時代とは環境も状況も違います。つい数十年前の昭和の時代とも、まったく変わってきています。だから、時代の研究が必須になります。

昭和の日本では、サラリーマンでも財が伸びる余地がありました。右肩上がりの昇給、昇進、福利厚生、年金。今は、この部分がことごとく機能不全に陥っています。同じ門を持っていても、時代が変われば、有利な打ち手は変わります。

その研究をしているのが、門協会です。


門そのものの説明は 門とは何か、他の占術との違いは 他の命理・占術との違い をご覧ください。

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