門の法則

門には、いくつかの法則があります。

門を算出しただけでは、まだ使えるようになりません。この法則を知っているかどうかで、結果が変わります。

このページでは、その法則を順に説明します。門学の中で、いちばん誤解されやすい部分もここにあります。

三つの注意点

分かりやすい注意点として、まずこの三つです。

・自分の強い部分をより強くするために、同じ強さを持つパートナーに頼らない

・組織や、人間づきあいが最小限のときには、同じ門の人たち同士で集まらないようにする

・同じ門の人たちと商売をしないようにする

ここは非常に重要です。

自分以外の門の人たちと組み、自分以外の門の人たちと商売をすること。これが、一番最初の分かりやすいところで、自分の弱いところを強くしてくれます。

反対に、自分の強過ぎるところを弱くさせることもできます。

同じ門どうしで集まると、居心地はよくなります。話が通じるからです。けれども、通じすぎるということは、補い合っていないということです。

強ければいい、ということではない

門には均衡があります。自分ひとりで何かをやっているわけではありません。

時として、強いほうがいいこともあれば、悪いことが大きく出てしまうこともあります。強過ぎてしまう、ということが起きます。

だから、門がそれぞれ強ければいいかというと、そうではありません。

たとえば自分が財門だったとしても、あまりにも財的な行動に走り過ぎず、あえてその真逆に引いていくという行動も必要になります。

ただ、これは理解していないと、なかなかできません。

使いこなしの順番

順番があります。ここを飛ばすと、うまくいきません。

1. まずは集中して、自分の門を理解する

2. 自分の強みを強くして、自分の弱いところを補ってみる

3. そのうえで、強過ぎてしまったなというところは、妥協点を見いだしていく

最初のうちは、自分の門を使いこなせるまで、あまり大きなこと、過度なことはしません。ゆっくり、じわじわと、少しずつ試しながらやっていきます。

そして、どこまで自分の強さとして押し出せるのかという妥協点を、下のほうから積み上げて探っていきます。

妥協点を見つけたところで止めておく。それ以上は行き過ぎない。これが人間関係の中で、非常に重要になります。

運が八割、実力が一割、勘と根気が一割

世の中には、運が八割、実力が一割、勘と根気が一割という考えがあります。

経済活動で成功している人たちは、運がいちばん重要だと言います。

この運には、いろいろな意味が含まれています。自分自身が生まれながらに決まっている特性。これを知ることも運です。

第三者、何者かによって、勝手に決められている。人間は生まれながらにして、個性ともいえる門が決まっている。

金融資本主義の中で大成功している人たちは、運を最も重んじます。生まれながらの「囚われ」を含めた門を、です。

そして、そのあとの実力や、継続するための勘と根気は、合計でも二割しかないと言い切ります。

「天才は1%の才能と99%の努力」を、捨てる

世の中では、天才は1%の生まれながらに備わった才能と、99%の後発的な努力である、と言われます。

あの天才でさえも惜しまぬ努力をしていた。忠実に人に尽くして、必死になって労働に励むことが大事だ、と。

これは、ある意味では正しいのですが、一方から見ると正しくありません。

サラリーマンにとっては正しい。けれども、帝王学、門を使いこなす経営者のほうから見ると、間違っています。

偉人が言っていると言われますが、これは一生懸命に忠実に、必死になって労働に励んでもらうための、表向きの教えです。

だから世の中では、努力で一番を目指しなさい、と言われます。本屋さんでも、努力や頑張りに関する本がたくさん目につきます。官や学で認められている機関になると、もっとそう言われます。日本の教育委員会の指導要綱の中にも、努力や頑張りがたくさん入っています。頑張ったり努力をすると、とても高い得点がつき、先生からプラスアルファの評価をもらえます。

けれども、門を使いこなせるようになるためには、世の中の大多数にとってはいい教えが、自分にとっては都合の悪い教えになります。

「天才は1%の才能と99%の努力」という単語は、今日をもって捨て去ってください。

必死になったら、必ず死ぬ

いろいろな国の大富豪に会ったとき、みなさんが言うことがあります。

必死になったら必ず死ぬ。

確かに、必ず死ぬと書いて必死です。

何でも努力をしたり、必死になってはいけません。

後発的な努力で、自分のできないことをやろうとするよりも、運で八割、生まれながらに定められている能力を、そのまま普通に使うだけ。余計なことはやらない、無理もしない、必死にもならない。

そして、ゆっくりと横になって、頭だけを使う。これが重要になります。

僕もサラリーマン時代は聞き流していたのですが、時が経つにつれて、いかに重要かが分かってきました。

経営者として活動していって、最終的に到達するのは、みなさん「ここ」です。

経営者になったあとも、最初はみんな、必死に努力をして働いてしまうようです。サラリーマン時代のように。すると、必死になって努力をして、やればやるほど報われません。

人は離れていくし、結果は生まれない。自分の体、精神面、心身が弱っていく。

しかしある日突然、これが真逆だということに気付きます。もしくは、一部の人たちだけが、それに気付く。そんなときに、上にいくことができます。

できることは、できる人に任せる

門学、帝王学では、できないことを努力によってできるようになるという無駄な努力を推奨していません。

できることはできる人に任せろ、ということを、逆に推奨しています。

生まれながらのアビリティに反して、無理に物事を推し進めようとすると、悪循環に入ります。

貧すれば鈍する、鈍すれば貧する。どんどん落ちていきます。

自分は必死に働いているのに、努力しているのに、周囲の人間は足を引っ張ろうとしてくる。周囲は自分のことを理解してくれない。そういう思いに囚われて、日々悩み苦しみ続けることになります。

心身ともに疲弊して、労してくる。こうなると何をやってもうまくいかず、必要以上の努力をしなくてはならなくなり、無理と無駄ばかりが多くなって、悩みばかりが蓄積していきます。

ナンバーワンとトップを、宣言しない

ここが、門学でいちばん誤解されるところです。

帝王学といっても、必ずしもナンバーワンやトップの座に行けということではありません。

面白いことに、ナンバーワンとトップを宣言した人は、必ず死ぬと言われています。

大富豪たち、生き残っている人たちは、ナンバーワンとトップを目指さない思考能力の人たちばかりです。むしろ、会社の中でも一番できないのは俺だ、などと言い出します。

ナンバーワンやトップの座に君臨することはしない。それができなくても、相対的に有利な立ち位置を獲得する。その結果として、充実感あふれる人生を全うする。ターゲットはそこに絞ってください。

マンガの世界の帝王学は、学んで一番を目指すという話になります。一部の門にとっては、それは確かに有効です。けれども、すべての門に通用するわけではありません。ほんの一部の門だけです。そして、結果としてはあまり報われることがありません。

帝王学とは、発想としては、一番を目立って行うというよりも、自分は目立たずに、その門の「囚われ」どおりにひっそりと継続していけば、周りが勝手に死んでいく、という話です。

それまで待てるかどうか。そこが勝負です。

一位を目指そうとしてしまうと、必ず上がったら下がります。上がれば上がるほど、弱い立場になっていく。下であればあるほど強い。

続かなければ、意味がない

時間との戦いというものがあります。

自分の「囚われ」どおりの活動が、一番長持ちします。

無理をしてしまうと、確かに人間なので、頑張れば、努力をすれば、必死になれば、自分の門と違うこともできます。けれども、結局30年、40年、50年とはもちません。もって三日、三日坊主になってしまいます。

無理をすればするほど、心身のダメージが大きくなります。内臓が悪くなったり、そうすると精神面、心身がどんどん悪くなっていく。そうなると長生きできない。その立ち位置をキープすることができない。

門学が見ているのは、勝つ瞬間ではなく、続く年数です。

子育てにも、同じ法則が働く

自分より年齢の若い人、生きてきた期間が短い人、立ち位置が下の人を見ると、人はつい、その人たちにオールマイティに何でもできるようになってほしいと思ってしまいます。

子育てでも、あれもできて、これもできて、いろいろできるようになりなさい、と育ててしまう。その一つが「勉強しなさい」です。

けれども門に精通していたら、いくら親が強要する形で命令しても、子供は勉強しないと分かります。

親の前では勉強したふりをするかもしれません。けれども勉強は、自分で勉強しようと思わなければ、いくら強制しても頭の中に入ってきません。本当にしたければしろ、という状況で親は構えておかないと、まったく無意味なものになってしまいます。

僕の周りに、東京大学出身の人と京都大学出身の人がいます。彼らに聞いたところ、親に言われて勉強して東大・京大に入ったという人は、あまりいませんでした。自分たちもいつの間にか、それぞれの目的があって勝手にやっていた、と言います。

親がいくら言っても無駄なのです。

ところが、子どもの門を理解して、それに基づいたアドバイスをして、さらっと目の前に並べておいてあげると、勝手にやり出します。親が何も言わなくても、勝手にその能力を発動して、できるようになっていく。

しかも、中途半端に勉強神話の時代を生きてきた大人よりも、ピュアな状態であればあるほど、その「囚われ」どおりに動き出します。その中では、簡単に親をも凌駕する能力になってしまう。これは数々のケースからも実証されています。

だからこそ、門学を学ぶときは自分自身だけではなく、子どもにも無理や無駄なことはさせない。天命どおりに生きろ、と言えるようになっていきます。


法則は以上です。

門そのものの説明は 門とは何か、それぞれの門の中身は 10の門 をご覧ください。

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